既に
おのずからある
何か…

声咲く

誰しも夢に向かって
目的や目標を考えるものだと思いますが。

なかなかポジティブに考えられない
生徒がこのところ一層増えてきたように
思います。

ちょっと声をかけると
泣き出してしまうような
生徒も多くいますし。

辛い? 寂しい? 
が増えているのでしょうか。
嫌なことが多くて前に進めないと
彼らは訴えているようです。

さて私は…
生きる目的が
「見える & 湧き上がる」までには
ゼロ以上の何かが既にある
という気がしています。
自分一人で、寂しく何かするするのが
人生ではないというか。

だから
「目的」も最初から眼前に、一方的に
やってくるわけではない…と思うのです。

うん、
それって何なのかな。
何と言葉にしたらいいのかな。

桜月流創流の時にも
何かの発動に反応したというか
ビビッとくる何かがあったというか…

己の初動に感応反応する何かがあって
前へ踏み出した、気がするのです。

自分がゼロからスタートしてるのではなく
0.00001みたいな何かがあって、それに
自分の生命力が反応して
掛け算となって「1」や「10」になったから
目的が見えてきた…そんな感じでしょうか。

でも、この最初の「0.00001みたいな何か」
というのが人生にはとても大切で
それを感知したり、惹かれたりする心に
素直になることが重要だと思っています!

一目惚れする時も
自分がメロンが好きだという感情も
ゼロから「自分=みずから」が発生させてのではなく
すでにゼロではない
「自ずから=おのずから」備わった何かの動機みたいな
ものがあって、それに反応しているのではないかと
思うからです。

… 既に おのずからある、何か。

このあたりが、精霊さんとか
森羅万象の八百万にいるという神さまの
働きなんじゃないかなぁ。
と、思うのであります。

戦争ばっかりやっている宗教には
世界中がうんざりしています。
でも、宗教への期待はなくても
信仰心や宗教性が人には必要だと
私は思っています。

この感覚を失うと
人は、人や自然と繋がっていることを
忘れてしまうからです。
一体感、和、交信交流という
舞の喜びや技芸の究極的目的から
離れてしまう。

もし、この世から美しい自然風景が
全くなくなり、スモッグやゴミやヘドロで
全てが覆われたら
自然界と一体化なんて
したくなくなってしまうと思います。

私は、
祖母から古神道的な教えの中で歌舞を学んで
高校から大学を含む10年熱心なクリスチャンで
ミレニアムの頃に剣の密教修行に没頭し
つい5年ほど前に神職(神主)資格を得ました。

それで、わかったことは
全宗教は皆同じことを言っており
同じの山頂を目指して
各々が同じことを求めているんだなということでした。

この意見は17歳の時、
既に牧師さんにお伝えして
すごく笑われてしまったのですが
結局、私はその時と同じ答えに
一周回ってたどり着いてしまいました。

多分、最初はどの宗教も 
「誰かのため、皆のために祈る」ということが主眼だったのに
どんどん自分のためにだけ祈るようになったので
宗教は戦争の道具になる機会が増えてしまったのだと思います。

哀しいことです。
創始の宗教的指導者は、
そんなこと教えなかったはずなのに。。。

14歳で祖母を失くした時
私は大好きだったおばぁちゃんがどこに行ったのか
どこへ行けば会えるのか
どうしたらもう一度その声が聞けるのか。
それだけを求めて、
中学を一ヶ月ほど休んでしまいました。

もう、泣き倒れてしまい
本当に登校できなかったのです。

その時、古事記や聖書やお経の本や
ケルトの物語やギリシャ神話など
子供ながらに、求める答えが書いて
ありそうな本を片っ端から読みました。
(意味不明だったけど)

でも、どこにもおばぁちゃんに再び会うための
答えは書かれていませんでした。

だから、祖母が私に言った
「人は何かの天才だ。自分が何の天才なのか」
それを探すようにという教えを守ろうと決意して
学校に戻りました。

私は何かの天才なのだ、という言葉が生み出したモノは
私にとっての「0.00001みたいな何か」でした。
その初発に反応しなければ
私の目標やゴールや夢はなかったのではないかと思います。

だから、何かえもいわれぬ…
なぜか心が高ぶるモノ
なぜかいいと思うモノ
理由もわからず惹かれる芯になるモノ
そういうモノこそがすごく大切なのではないかと
私は感じています。

でも、それは、自分がみずから 
作ったものでも考えたものでも何でもなく
何か「おのずから」生じたものに
反応しただけなわけで。

一人では結局何もできないし
何も創り上げられないのです。

だから、人は一人で生きているものではなく
佐治晴夫先生の教えの通り
自分は「自然の分身」ってことなのかなって。

先生にはじめてそれを教わった
成城大学での講義の時は
何となく、何となく、うんうんと思っていた
20代の終わり頃でしたが…
今は、もう少し実感持てているかなっ♡

明日は中秋の名月です!

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