『月の面』に込めた
桜月流の思い
声咲く
2018年9月16日 日曜日
地球上の私たちは
無重力という状態を知らない。
だから常に重力に縛られているわけです。
いつも大地へ、床へ、下へ、
引っ張られるから
空へ… 天へ… 上へ…
上昇すること、浮き上がること、飛ぶことに
私たちは憧れるのかなと思うのです。
私も鳥のように飛びたい。
空へ、好きなところに飛んでゆけるなんて!
剱舞う時に
理想とのギャップを感じさせる事象は
重力との折り合いのつけ方に負うところが大きいと思います。
だから、無重力の中で剱舞できたら…
月面で舞えたら…どんなだろうと
ずっと憧れてきました。
このお月さまは、『月のけはひ』公演の千秋楽に
カメラマンの佐藤拓央さんが撮影してくれたもの。
綺麗っ!
民間の宇宙旅行時代も到来したので
次世代の美剱家は月で舞う夢を果たせるかもしれない。
美澪奈っちなら、
月面美剱できるかもしれないのか!?(いいな♡)
でも、ま、
いずれにせよ、宇宙服の問題はありますね。
その技芸文化は
その国の風土と装束によって
育てられてること大なので
NASAの宇宙服で抜刀でもしようものなら
きっと微細な感覚で手も扱えないし
半身も効かないし
そもそも剱の質量的実感ってどのくらいあるのかな?
などと、真面目に考えはじめてしまいます。
お月さまの重力は地球の1/6。
じゃ、日本刀を振っても「竹光?」って思うより
さらにまだ軽いのでしょう。
おぉ。。。改めて想像するに
剱を振った気がしないかもしれない。
振り抜いて、静止が効かず、手中から滑ったら
どこまでも剱が飛んでいってしまうと、もう追いつけないのでしょうか。
あぁ、やっぱり自分自身のこの身で体験してみたい。
こうして、書いてるだけでも
わからなすぎてドキドキして来ます。
やっぱり、わからないことがあるって生きる原動力になりますね!
そんなこんなで、
無重力に憧れつつも
物理に弱い私の想像などでは
様々欠落しているのでありましょうが
「思い込みの想像上」で月面美剱するなどの
イメージトレーニングは楽しいものです。
桜月流美剱道には
『月の面』という基本の型があります。
これは、創流当初にはなかった型で
桜月流の目指す進化する剱を
門下にいかに受け継がせるべきかを考えて創り上げたもの。
無重力への挑戦のスタートとなるような
感覚を門下生にも持ってもらえるような
仕組みが実は隠されています。
先日、一門奉納をした
西神のようなヒラメ筋にも
舞桜ちゃんのようなマグロ筋にも
等しく見つけられる仕組みです。
『月の面(おもて)』のこの感覚は
なかなか上級生にならないと
実感できないかもしれませんが
しかし、初心者から美剱道場では稽古してゆきます。
本当に、この類のことを言語で伝えるのは難しくて。
昨日書いた「言葉のマジカルな力」とは相反しますが
「見えないものは、言語では語れない」
とでも言いましょうか、
感覚や物事の真髄は
言葉だけでは欠落だらけとなり伝えることが難しいです。
なので、3年、5年、10年と続けてゆくうちに
だんだん霞の向こうに
感覚の兆しが見えて来たらいい。
そんなことを松木や石綱と願って
これから続く門下のために
心を込めて創った型なのです。
ですから、
真髄もわからないのに
形の外側だけを真似た風で
我々のメソッドや型や言葉を
論文のような引用ではなく
コピペで盗み出すような
輩さんたちにはショックを受けてしまいます…。
もちろん外側の形だけでは中身は空っぽなのですから
何てことはないじゃないかと
幹部会議では考えるようにはしていますが
その創造に対して愛情も情熱もないのに
あたかも自分が生み出したような顔をされるのは
フェアなクリエイティブ精神には反すると思います。
こういうことは、
科学も芸術も同じ山の頂点を目指して
各々のルートで登っているというのとは訳が違いますよね。
私も、空海やマイケルジャクソン、
佐治先生やサン=テグジュペリ、真央ちゃんみたいに
今世の山の頂点を自分の道で目指したい。
そしたら、きっと、こういう皆さんと
同じような美しい景色に近づいてゆくはず。
重力の壁を、自分自身で乗り超えて
美しい景色を見に
少しでも山頂へ近づきたいものです。